in Life
１．アスラン
その瞬間、アスランはメイリンの体を抱いて、機体をビームソードが貫く衝撃に耐えた。
余剰エネルギーで計器類が狂い、スパークする。
まずい、と思ったと同時に、緊急脱出用のレバーに手がかかった。
しかし、まだだ。
今脱出しても、発見される。
あと、少し。
無駄だと知りつつ、姿勢制御に努めながら、その時を待つ。
制御不能になったグフが、海面へと叩きつけられる、その一瞬。
アスランは、彼女の体を抱きしめ、レバーを引いた。
続く轟音。
衝撃。
一瞬白くなった意識を無理やりに引き戻し、まとわり付く海水を掻く。
海面。
空気を、彼女に。
それから、どこか。
どこか・・・
嵐の海を。
既に、十分には動かない体で。
それでも彼は、夢中で、泳いだ。
２．キサカ
レドニル・キサカ一佐は、荒れる海の上、３機の巨神が戦う様を、じっと、見ていた。
「彼」が、スパイ嫌疑をかけられ、脱走したとの情報を掴んだ後、直ちに行動を起こした。
しかし、彼とはコンタクトの取れぬまま、仕方なく後を追う形になっている。
手を貸したい。だが、内火艇１隻で、ＭＳ同士の戦闘に手を出すことなど不可能だ。
逃げ延びて欲しい。
が、その公算は低いだろうと、長く戦場にあった者の感覚で、そう思う。
機体の性能が違いすぎる。
量産機に乗っているのが、あのアスラン・ザラだとしても、新型に乗っているパイロットも、ただ者ではないようだ。
ビームガンが、ちかりと光って消える。
遠くで、海水が一瞬で蒸発する轟音が響く。
「３時方向へ、微速」
「アイ・サー」
クルーへ指示を出し、上空の追跡劇の行き着くと思われる方へ、慎重に船を進めようとした、その時。
ビームソードの赤い光、２機のＭＳが交錯する。
まずい、と、そう思った瞬間、それは、青い機体の真ん中へと、吸い込まれていった。
赤い光が引き抜かれ、力を失ったグフが落ちていく。
海面へと叩きつけられる音。そして、爆発。
「キサカ一佐！」
「待て、まだだ！」
小さな内火艇の船体は、この嵐の海では見つけにくいだろう。
しかし、今すぐ近づけば、さすがにあの追撃していたＭＳに補足される。
「７時方向よりザフト艦を確認。応援か、現場処理と思われますが・・・」
「ＭＳ転進しました。帰投するようです！」
「全速前進！急げ！事後処理班が来る前に・・・」
たとえ遺体でも、彼を回収しなければならない。
荒れた海。
時は夜。
時間はない。
最悪の条件下で、生きたままの彼を発見・回収できたのは、奇跡に等しかった。
こいつには、悪魔が憑いているな。
キサカは、血と海水にぐっしょりと濡れた藍色の頭を見ながら、つくづくとそう思った。
フリーダムと相討ったとき。
プラントから帰ってきたとき。
ジェネシスの爆破に臨んだとき。
そして、今。
どれを取っても、死んで当然の場面から、彼は必ず生きて戻ってくる。
その頭が、ふい、と動いた。
魔物のような、翠の瞳があらわになる。
そうして、青ざめた唇が開かれて。
「かのじょ、は・・・」
キサカは、一緒に救助された赤い髪の少女を確認した。
完全に気を失っているようだが、小さな打ち身以外、無傷のように思われる。
救助したとき、彼女はしっかりと彼の腕に守られ、半ば沈みかけたアスランに、海面へと押し上げられていたのだ。水もそう飲んでいないだろう。
「無事だ」
それだけを言うと、彼はまるで、無邪気な少年のように笑った。
彼が、まだ少年と言われる年齢なのだと、そのときになって、初めて気づかされた。
「よか・・・っ」
そのまま気を失った少年を、治療室に押し込み。
キサカは、ザフトに発見されないよう、しかしできる限り急いで、オーブへと向かうよう指示を出す。
悪魔憑きかもしれない。
魔物かもしれない。
しかしそう思うには、彼は誠実でやさし過ぎるのだ。
それに。
彼を失えば、キサカの大切な姫君は、きっと、とても悲しむのだから。
３．キラ
白い軍服に包まれた、人一倍大きな体。
それを見つけて、キラは急いで駆け寄った。
「キサカさん！」
カガリは、部屋に閉じ込めてきた。
幸い、彼は生きているとのことだが、状態が悪ければパニックを起こすかもしれないから。
彼女は強く、そして、弱い。
「アスランは！？」
「こっちだ」
指し示された先に、ストレッチャーで運ばれる彼。
それから、見知らぬ少女。
「ドックの救護室よりも、アークエンジェルの医務室の方が設備がいい。こちらで、良いな」
「はい！医務室に、連絡は・・・」
「入れた」
「すみません。それで」
それで、と、キラは言いよどんだ。
それで。
彼は。
「命は取りとめた。予断を許さない状況だが・・・運の強い少年だ、大丈夫だろう」
キサカの落ち着いた言葉に、すとん、と張りつめ切っていた気が抜けた。
思わず壁にすがり、深く息をつく。
「よかった・・・」
そんな自分を、みっともないとは思わない。
良かった。
ほんとうに、よかった。
「アスラン、こういうとこだけ、運がいいから」
それは、まるで自分に言い聞かせるような言葉だったけれど。
それでも、彼を乗せたストレッチャーを追っていく力には、なった。
医務室で追いついたアスランは、すぐに医療スタッフに囲まれて、近づけなかった。
遠目にも、顔色が悪い。
脱がされた手術衣の下の包帯、それを解かれ、さらされた傷。
カガリを閉じ込めてきて、本当に良かった。彼女にこれは見せられない。
そう思って見守っていると、通りかかった看護師が、やさしく声をかけてくれた。
「大丈夫、助かるわよ」
ありがとうございます。
そう言ったつもりだったけれど、声は出なくて。
代わりに、嗚咽が洩れて。
この涙が止まるまで。
アスランの手当てが終わるまで。
カガリは呼べないなぁと、キラは、こぼれる涙を拭いながら、思った。
４．カガリ
カガリは、閉じ込められることには慣れていた。
昔から、やんちゃばかりしていた自覚はばっちりある。だから。
原始的な南京錠から、電子ロックまで・・・どうやれば、カギがぶっ壊れるのか、だいたいならば知っている。
彼女の頭の中に、カギ開けという言葉はない。
ただひたすら、壊すのみ。
「キーラー」
自分を閉じ込めた張本人の名を呼びつつ。
アスラン。
心の中で、重傷で運び込まれたという大切な人の名を呼びつつ。
カガリは、電子錠に椅子を叩き付けた。
「わっ」
幾度目かで椅子の足が折れて、跳ね返ってきて慌てて避ける。
もちろん、そんなことでカガリは挫けない。
アスラン、アスラン。
早く、早く。
乗っていたＭＳが落とされたのだという彼が、無事なのか。とにかく早く知りたいのだ。
でなければ。
泣いて、しまう。
「キ、ラ、このっ！」
「あらあらあら」
再度、叩き付けたとたんにドアが開いて、カガリはしまったと手を止める。
そこには、ラクスが目を丸くして立っていた。
「す、すまない。・・・あ、アスランは！？」
これが、自分を閉じ込めたキラならば容赦はしないのだが、あの知能犯がそこまで見越したのか、相手はラクスだ。
だいたい、それどころじゃない。
「大丈夫ですわ。今は、眠っていらっしゃいますけれど」
「そ、か」
よかった。
壊れた椅子を握り締め、彼の無事をハウメアに感謝してから、カガリは猛然と部屋を飛び出し・・・慌てて止まって。
「ラクス、医務室でいいのか？」
「ええ。私がお見舞いしたときは、まだ処置室の方でしたけれど。それから・・・」
「それからっ！？」
駆け出そうとした姿勢を崩し、妙な格好でカガリは問う。
「可愛い女の子をお連れでした。一緒にザフトから逃げていらっしゃったようですわ」
「あー、あいつ、放っとけないからな」
妙な納得の仕方をしたカガリは、今度こそ、駆けて行く。
ラクスは、少し。
彼女を、羨ましいと思った。
「アスラン！」
医務室へ駆け込むなり、看護師に「しーっ」と指を唇に当ててたしなめられた。
中に置かれたベッドの側で、キラも同じ仕草をしているのにムカついたが、今はそれどころじゃない。
カガリは、なるべく足音を立てないように、そのベッドへと駆け寄った。
そこに横たわっていたのは、片時も忘れたことのなかった人の、傷ついた姿。
人工呼吸器や点滴が、痛々しいけれど。
絆創膏や包帯が、邪魔だけれど。
それでも、そこには。
生きている、アスランが。
「――――っ！」
涙が、出た。
なんとか、そのベッドの側までは歩いて行けたけれど。
そこで、膝が砕けて座り込む。
点滴の針を受けるために、掛け布から出された手に触れると、それは確かにあたたかくて。
覚えのある、長い指。それが今、手の中にあるのが、嬉しくて。
その手を、抱いて。
カガリは泣いた。
その背中を、キラがずっと、撫でていて、くれた。
アスラン。
生きていて、良かった。